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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)839号 判決 1974年7月31日

原告 吉原盛秋

右訴訟代理人弁護士 伊礼勇吉

被告 飯村笑子

右訴訟代理人弁護士 佐々木黎二

右訴訟復代理人弁護士 高山陽子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金七〇万円及びこれに対する昭和四八年二月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

請求棄却の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告はクラブ「メンソーレ」の経営者であり、被告はホステス業をしているところ、昭和四七年九月二日被告の使者訴外林雅三を介して原・被告者で左のホステス雇用契約を締結した。

(一) 雇用期間は昭和四七年九月六日から一年間とする。

(二) 被告が右期間中一ヶ月平均三〇万円の売上げをした場合には原告は被告に対し契約金三〇万円を支払う。

(三) 原告は被告に対し昭和四七年九月二日、右契約金三〇万円を仮渡した。

(四) 被告が右契約期間中に退職した場合には仮渡契約金を退職後五日以内に原告に返還する。

被告は昭和四七年九月七日より二日間右クラブに勤務したのみで退職した。

2  原告は被告に対し、昭和四七年九月二日被告の使者である右林雅三を介して支度金名下に金四〇万円を返済期の定めなく貸与した。

3  よって原告は被告に対し右契約に基づく仮渡契約金金三〇万円と貸金金四〇万円との合計金七〇万円及びこれに対する昭和四八年二月二二日(本件訴状送達の翌日)から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  答弁

1  請求原因事実は、訴外林雅三が被告の使者であるという点および支度金が四〇万円であるという点を否認し、その余は認める。

2  右林はクラブ「メンソーレ」のスカウト担当者即ち原告の使者であり、支度金は三〇万円である。

三  抗弁

1  被告は昭和四七年九月一一日原告の使者である林に対し先に受領した仮渡契約金三〇万円と支度金三〇万円の合計六〇万円を返還した。

2  なお、林は被告をスカウトするに当り自己をクラブ「メンソーレ」の共同経営者と名乗り、前記金員や契約書を持参し、右クラブの開店時にはオブザーバーとして列席し紹介され、かつ被告が右クラブを退職するまで常時右クラブに居たのである。従って被告が林を原告の使者と信じたことについて過失はない。

四  抗弁に対する認否

被告主張事実はすべて否認する。

五  証拠≪省略≫

理由

一  請求原因事実は、訴外林雅三の地位と支度金の額の点を除き、その余はすべて当事者間に争いがない。

そして≪証拠省略≫を綜合すれば、被告は銀座のクラブ「みずたに」のホステスとして勤務中の昭和四七年夏頃同店の客として訪れていた林より「自分達の仲間が店を開くから来ないか」と誘われ、同人が新規開店のクラブ「メンソーレ」のスカウトマネージャーであると信じ同年九月二日同人の持参したホステス雇用契約書に調印し且つ同人より仮渡契約金三〇万円と支度金三〇万円の合計六〇万円を受領して、右クラブのホステスとなることを承諾した事実を認めることができる。

原告は林が被告の使者であったと主張し、≪証拠省略≫によれば林は被告の連帯保証人となっており、また≪証拠省略≫によればホステスの連帯保証人には一般にその身内やパトロン等ホステス側の者がなるのが慣行であると認められるが、然し被告と林との間には前記認定のホステスとスカウトという以上の関係を認めるに足りる証拠はなく、≪証拠省略≫によれば林が被告の連帯保証人となったのは同人が被告をスカウトする便法として自から連帯保証人となる旨申出で被告が単にこれに応じた結果に基くものと認められるので、林が被告の連帯保証人となっているとの一事から同人をもって被告の使者であったと認めることはできない。

また支度金の額については、≪証拠省略≫によると原告はホステスの雇入れについて一切を委任していたクラブ「メンソーレ」の店長今川孝一に対し被告への支度金として四〇万円を交付したことが認められ、被告名下の印影が被告の印章によって顕出されたものであることに争いのない甲第二号証には被告が右金員を受領した旨の記載があるけれども、≪証拠省略≫によれば右第二号証は被告がクラブ「メンソーレ」開店の前日である同年九月五日に同店関係者の顔合せが行われた際、林の求めに応じ甲第一、第三号証作成のため交付した印章を林が冒用して作成したものと認められるので、これをもって被告の受領した支度金が四〇万円であったとする証拠とはできない。

二  次に被告の抗弁について判断する。

≪証拠省略≫によれば、被告はクラブ「メンソーレ」の雰囲気が被告に合わないため同年九月六日、七日の両日勤務したのみで右クラブを退店し、同月一二日林に対し先に同人より受領した仮渡契約金と支度金の合計六〇万円を返還したことが認められる。

ところで林の右返還金受領権限については本件全証拠によっても原告が林に対し右の権限を授与していたとまで認めるに足りる証拠はない。

然し林は第一項に認定の如くクラブ「メンソーレ」のスカウトとして行動し、被告に対し仮渡契約金と支度金を交付したばかりでなく、≪証拠省略≫によると右クラブ開店前日の顔合せの際店長の今川より林は同店のオブザーバーでありホステスの相談ごとを経営者の原告に伝える立場にあるものと説明され、そのため被告としては退店に当っても同人に相談し且つ同人が原告に代わって仮渡契約金と支度金の返還を受ける権限を有するものと信じていたことが認められる。

右認定の事実よりすれば被告が右のように信じたことに過失があったとはいえないから、被告が林に前記六〇万円を返還したことは債権の準占有者に対する弁済として保護されるべきである。

三  以上のとおりで原告の本件請求は理由がないから棄却することにし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井野場秀臣)

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